パル日記

2024.02.10

獣医師コラム★第1回「FIP」

みなさんこんにちは!本院院長の宮本です。

今回から月に1回、獣医師の誰かが1つの病気にフォーカスしてその最新の治験や治療法などを綴っていく「獣医師コラム」を始めていきます。記念すべき第1回は『FIP、猫伝染性腹膜炎』についてです。

猫ちゃんの飼い主様はご存知の通り、FIP(猫伝染性腹膜炎)は猫ちゃんにとって非常に危険な病気の一つです。病原性の弱い猫腸コロナウイルスが変異した猫伝染性腹膜炎ウイルスによって引き起こされることがわかっており、病気の発現の仕方でウェットタイプ、ドライタイプ、神経タイプに分類されます。(図1)

発生としては若齢の猫で多く、現在では繁殖施設やペットショップからきた純血の猫ちゃん達の間でも多く発生しています。

診断は、様々な特徴的な所見(例えば、黄疸や高グロブリン血症など)とPCR(腹水、血液、脳脊髄液など)によって診断されます。

診断アプローチの一部です。

 

私が獣医師になった10年以上前は、FIPは「不治の病」として認知されており、実際この病気にかかって病院に来られた猫ちゃん達は全員数ヶ月以内に亡くなっていました。そんな中、ウイルスの複製を阻止する薬剤「remdesivir、GS-441524」によりFIPが治るという論文が発表され、今まで不治の病とされていたFIPが治せる病気になってきました。(現在続々論文が発表されています)

 

ネコの実験的FIPV感染症では、GS-441524の投与により、10頭/10頭でわずか2週間の投与で病状が急速に回復し、正常な状態に戻った。

Murphy, B.G.; Perron, M.; Murakami, E.; Bauer, K.; Park, Y.; Eckstrand, C.; Liepnieks, M.; Pedersen, N.C. The nucleoside analog GS-441524 strongly inhibits feline infectious peritonitis (FIP) virus in tissue culture and experimental cat infection studies. Vet. Microbiol. 2018, 219, 226–233.

 

合法的に入手可能なレムデシビルおよびGS-441524製剤は、単独または順次使用することで、本猫群のFIP治療に非常に有効であった。

Taylor SS, Coggins S, Barker EN, Gunn-Moore D, Jeevaratnam K, Norris JM, et al,
Retrospective study and outcome of 307 cats with feline infectious peritonitis treated with legally sourced veterinary compounded preparations of remdesivir and GS-441524 (2020-2022). J Feline Med Surg. 2023 Sep;25(9)

 

また、人の新型コロナウイルスの薬である「モヌルピラビル:製品名ラゲブリオ」の有効性も発表され、比較的手に入りやすいこちらの薬の使用も行われるようになってきました。

 

モルヌピラビルはFIPを発症した家猫に対し、1回10~20mg/kgを1日2回投与することで有効かつ安全な治療となる可能性が示唆された。

Sase O. Molnupiravir treatment of 18 cats with feline infectious peritonitis: A case series. J Vet Intern Med. 2023 Sep-Oct;37(5):1876-1880.

これらの治療法の登場により、FIPで悲しい思いをせずに済む飼い主様が増えてきましたが、まだまだ問題点もあります。例えば正規の治療薬が出回る前に中国から発売されたGS-441524の海賊版の製品など、内容がはっきりとしない製品の使用への注意喚起が行われています。

 

これらの製品については、私も以前使用した経験があり、その効果は感じていますが、やはりはっきりしない商品であることや、飼い主様達が自分で入手できてしまうことによる不適切な使用の危険性、そしてその金額など多くの問題点が挙げられています。

 

今後、時代の流れにより、薬剤の適正使用の厳格化やウイルスの多様性の獲得など様々な変化が起こってくると考えられます。私たち臨床現場の獣医師は、少しでも多くのFIPの猫ちゃんを救うために、正確な知見をもとに治療が行えるように常に情報を収集し、飼い主様達にフィードバックできるようにしていかなければなりません。これからも新しい情報などがありましたら皆様に紹介できるようにしていきたいと考えております。

 

参考文献

Thayer V, Gogolski S, Felten S, Hartmann K, Kennedy M, Olah GA. 2022 AAFP/EveryCat Feline Infectious Peritonitis Diagnosis Guidelines. J Feline Med Surg. 2022 Sep;24(9):905-933.

 

Tasker S, Addie DD, Egberink H, Hofmann-Lehmann R, Hosie MJ, Truyen U, Belák S, Boucraut-Baralon C, Frymus T, Lloret A, Marsilio F, Pennisi MG, Thiry E, Möstl K, Hartmann K. Feline Infectious Peritonitis: European Advisory Board on Cat Diseases Guidelines. Viruses. 2023 Aug 31;15(9):1847.

 

パル動物病院

本院院長

宮本章太郎